2018.06.30
名建築 

旧井上房一郎邸。

群馬県高崎市にある「旧井上房一郎邸」には折々足を運んでいます。井上房一郎氏は、井上工業という会社のオーナーで、地元の文化活動に多大なる貢献をした人物です。この住宅は、東京麻布にあった建築家アントニン・レーモンドの自邸兼事務所、笄町の自邸(現在消失)を、井上工業の大工さんが図面をみながら実測し、当地に建てたものです。深く出た軒、障子や襖による間仕切りなど和の要素も多いのですが、建物の基本構造が在来工法とは大きく異なります。柱・梁という部材を垂直・水平に組み合わせる在来工法では柱の間隔が空くほど梁の強度が必要となり、大きくなります。この住宅をはじめ、レーモンド木造の特徴である鋏(はさみ)状トラスは、杉丸太の柱と梁を二つに割った丸太で挟み込む構造で、同じ素材を用いて組み合わせ方で強度を確保しています。構造はそのまま意匠となって現れ、軽やかな印象を受けます。また、柱と柱の間に建具を入れる在来工法に対して、レーモンドは建具を柱より外に出すことで連続した開口部を作る「芯ずらし」を効果的に用いています。戦後間もない時期でコンクリートや製材が高価で不足していたため簡素さと経済性が求められた…と解説にありましたが、現在では何よりも高価な「職人の手仕事」が惜しみなく注ぎ込まれた贅沢な住宅です。